2014年御翼6月号その3

佐藤陽二牧師の神学

 

佐藤陽二牧師の神学 小倉成美著『出港用意』(アンカークロス出版)より抜粋
 彼の神学は教会の中、或は教団の枠の中で静かに通用する形のものではなく、一般社会の中で通用する生き生きとした実践神学だと私は感じている。彼の弟子の書いた『佐藤陽二の神学』と云う論文が有る。その中で冒頭に彼の人格を形成し、神学の基礎になっているのは江田島の兵学校精神だと明確に書いている。その基礎にキリストの福音が働き教養紳士として仕上っているとしている。論文の中には彼の語録が有り我々門外漢でもハッとするものが有る。その冒頭に五省を紹介しているが、論文を書いた弟子の方は、これは牧師の心構えとしての日常の反省としても立派に通用するものだとしている。彼の語録すべてを紹介することは出来ないが彼を理解するのに役立ちそうな数語を列記してみる。
・宗教家と芸術家は貧しくないと本気に為らない。
・宣教はまともな人が来るかどうかが勝負だ。
・信仰は縦文字で身につけよ。
・説教者は説教の中で笑ってはならない。
・遠慮しがちな説教は通じない。
・智性による信仰が大切。
・弱い者が集っても強くならない。
・恵みと信仰ばかり語ると倫理が無くなる。
等である。

五省(ごせい)とは、旧大日本帝国海軍の士官学校である海軍兵学校において用いられた五つの訓戒。
一、至誠(しせい)に悖(もと)るなかりしか   真心に反する点はなかったか
一、言行に恥(は)づるなかりしか       言行不一致な点はなかったか
一、気力に缺(か)くるなかりしか       精神力は十分であったか
一、努力に憾(うら)みなかりしか       十分に努力したか
一、不精(ぶしょう)に亘(わた)るなかりしか  最後まで十分に取り組んだか
 
 上記の事柄を真剣に実行するためには、既存の組織や金、人に頼っていてはならない。「唯でさえ生活するだけでも容易でない時代だったのに定まった収入計画が無いまま神を絶対に信じ、誠実な伝道活動は神によって必ず支えられるとの捨身で神を信ずる新婚夫婦の伝道活動が始まった。見ている私の方が震え上った。一般には就職に懸命で、就職してもまともな生活が難かしい時代だった。生活および伝道活動費は相変らず夫人の家庭教師と彼の十字屋、日本力行会等での聖書研究会の講義の謝礼のみであり苦しかった筈であるが、…いささかも迷わず彼と共に歩んだ夫人も凄いとつくづく思う」と小倉氏は記しておられる。そして、「福音を一人にでも語れれば良いのです。それが伝道者の幸です」と(おそらく母は)語っていたという。
 そして、日本力行会で教えていたことがよかった。一九六六年に父が一人、旧約聖書の真理を追究して渡米した際、かつて力行会で父から聖書を教わった青年と偶然出会い、この青年が彼の知る神学校に車で連れて行ってくれた。そこで出会ったのが旧約の大家ローリン博士であった。ローリン博士は、旧約聖書には、「旧約を読むときは、神の言葉と、人間が神の言葉であると考えたことを区別して読まなければならない」と教えてくれた。これにより、父は民数記にある「神は女子どもを皆殺しにせよ」という記述の解釈の仕方が分かったのである。この聖書の読み方は、「(戦争を肯定する)西洋のキリスト教」を最も受け入れない日本人が、正しくキリストを信じるために必要不可欠なものである。

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